橋本宙八のひと言集

  • 雑草から学ぶこと (2018/10/16 投稿)

    都会の暮らしに憧れる人がいる一方で、自然環境での生活に惹かれて自然の暮らしに憧れる人も多い。確かに自然の暮らしは素晴らしいものだが、そんなに楽しいことばかりでもない。自然と向き合話なければならない大変なことが一杯ある。

    ここ京都の里山でも、そこそこに苦労することがある。その一つが草刈りだ。東北では、草刈りは年に二度もすればどうにか済んだが、ここでは、とても二度くらいの草刈りでは済まない。草の成長が驚くほど早く、5、6回は必要だ。ちょっと手を抜くと、たちまち庭も畑も草でぼうぼうになってしまう。綺麗な環境づくりに努力する農家の人に対しても、風景を乱すようで恥ずかしい。

    その草刈りで悩ましいことの一つは、雑草の中に生えている可愛い野花を切ることだ。しかし、それを躊躇していたら草刈りが出来なくなる。いつもバッサリやって後悔する。そんな連続だ

    そんな雑草を見ていて驚くことは、彼らの生命力の強さだ。暑かろうが寒かろうが、大雨が降ろうが降るまいが、どんなに厳しい環境下でも、見事に生き抜く。枯れたり腐ってしまうことなど滅多にない。いつでも青々と葉を茂らせている。改めて考えると、すごいことである。

    それに比べたら、畑の野菜のあまりにもデリケートなことにも驚く。わずかな栄養や水が不足してもたちまち成長が止まり時には枯れてしまう。いつも栄養をたっぷりと与え続け、虫の害からも守らねばならない。手をかけなければ思うように育ってくれないのが畑の野菜だ。

    この違いは一体何だろう?なぜ、野菜はあれほど繊細で、雑草は強いのか?もし、野菜を雑草のように作れたら、どんなに野菜づくりが楽で食べて美味しく、且つ、健康な野菜が食べられることだろう。雑草の強さの秘密は一体どこにあるのか?

    その秘密の一つは、耕さない大地にある。自然の草地は、どんなに大雨が降っても崩れることも流れることもない。福島の山奥で経験済みだ。一方、人間の手で耕した大地は、ほんのわずかでも削ったら、たちまち表土が流れてしまう。削ることで大地の巧妙なバランスが崩れるからだ。

    もう一つの秘密は、雑草は、あらゆる種類の草と混在していることだ。この多様性が、雑草が持つ生命力の一番の強さの秘密ではないのか?動物も植物も生命の世界は驚くほど多様性に満ちている。だからこそ、どんな環境下にあっても互いの力で補い合い、助け合って生き延びて行けるのだ。

    現代は、経済と機能性が優先され、多様性を失う時代とも言われる。異なる者を認めたがらないエゴは、その弱さの裏返しでもある。多様な人間の交わりを認めない社会は脆弱で、やがて衰退する運命にある。雑草のように他者を尊重し、多様性を認め、互いに助け合うことこそが、危機的時代と言われるこれからの社会には一層必要だろう。雑草から学ばねばならないことである。


  • 疫療法への期待と不安 (2018/10/08 投稿)

    今年もまた、日本人がノーベル賞(医学生理学賞)を受賞した。
    京都大学の本庶佑特別教授の免疫に関する研究が、ガンの増殖を抑える効果が期待される新薬へとつながる画期的な発見だと評価されてのことである。

    最近、免疫に関する研究が注目を浴びているが、これは、裏を返せば、ガンの三大治療と言われる「手術、抗がん剤、放射線」などの治療法が大きな壁にぶち当たり、思うような結果が出なくなってしまったことの証しでもある。

    現代医学は、症状を消すことを主眼としたいわゆる対症療法である。本庶教授はこれを、免疫と言う生命の自然な仕組みを利用して解決できるのではないかと考え、これまでの治療法の転換となり得る発見へとつながった。

    これを教授は、「欲求充足型」の治療から「不安除去型」の治療への転換と表現しているが、人為の治療から自然の視点を重視する医療へ、根本療法である自然医療時代への幕開けを暗示するかも知れない興味深い提言でもある。

    本庶さんの受賞は、1928年にイギリスのアレクサンダー・フレミング博士が世界初の抗生物質であるペニシリンを発見したノーベル賞に匹敵するものだと高く評価されている。

    そのペニシリンは、現代医療の基礎となる抗生物質を代表する薬として、戦時中多くの兵士の命を救い、その後、世界に蔓延した肺炎や結核などのあらゆる病気にもその効果を発揮した「奇跡の薬」と言われた。

    しかし、この抗生物質が頻繁に大量に使われて来た結果、近年、多くの多剤耐性菌の出現を促し、やがてガンやエイズ以上の危機的状況を引き起こす可能性があると世界保健機関(WHO)が発表。医療界に対して、抗生物質の使用を極力控えるようにと警告している。

    人間は、科学の知見に基づいた医療の世界で、生命の自然な営みとのイタチゴッコを繰り返して来たが、このペニシリンの例にある大きな代償は、今後、その勝者がどちらにあるのかを明確に暗示している様にも思える。

    本庶教授の研究は、免疫と言うより根本的な「治る力」に踏み込んでいる点では大いに評価できる。ただ、その免疫の働きを薬物でコントロールしようという点は気になるところだ。免疫のアクセルとブレーキは、生命全体の巧妙なバランスの中で確かな理由があって自然に最良になされていることだと思うからである。そのブレーキを人間の都合で一切外してしまっていいのか?その不安が残る提言でもある。

    治療が人為的に、且つ、核心的なアプローチに踏み込めば踏み込むほど、自然の側からのバランスを取ろうとする力は強く働く。それを医療の世界では副作用と呼んでいるが、その事例を我々は抗生物質であるペニシリンの例から学んだ。

    今回の治療法が、果たして多くの人が期待するガンを治すための夢の満塁ホームランとなるか? 医療の未来を変えるとも言われるこの免疫療法が、今後、ペニシリンと同じような結果を背負わずに済むことを祈るばかりだ。

  • 水の話 (2018/08/05 投稿)

    熱中症の基本的な対処法は、「十分に水を飲むこと」である。ただし、水だけをやたらとガブガブ飲んでも危険だとも言われている。

    それは、過剰な水分によって血液中の塩分濃度が薄まり、それを修正するために体が自動的に過剰な水分を皮膚から発散させ体内のバランスを取ろうとする。そのことから起こる熱中症もあるのだと言う。バランスの良い水分と塩分の取り方がいかに大事かと言う教えである。ところで、この危険な水分中毒に関して言えば、今のような猛暑に限らず、常日頃から現代人が水分を過剰に摂取しなければと言う恐怖心がある。医師などからも、とにかく水分はたくさん取れ!と言われることから、知らぬ間に水分は大量に飲むほどいい、と言う気持ちになっている。

    この水分摂取症候群のもう一つの理由は、現代人が慢性的な体の中の焼けを持っている事実だ。それは、動物性食品である肉や魚、乳製品や揚げ物、甘いお菓子やスイーツ等々、飽食、美食を代表する食材や料理の味付けなどからも、とにかく体を熱くするものを食べ過ぎていると言う事実だ。

    こうした食習慣が続くと、知らぬ間に多血型の体質となり、血圧も高く、始終体の中が油焼けしている状態となってしまうのだ。そんな人が大半だけに、医師もまた、とにかく水をたくさん飲めと進めるのだろうし、本人もまた、どこかでそれを実感しているだけに一生懸命に飲んでしまう。

    しかし、そんな習慣を、平均的な気温の時にやっていてはあまりよろしくない。その理由は、人の体には人それぞれに異なる体質や状態があり、それに合わない過剰な水分を取りすぎると、やはり水中毒となって、人によっては血圧や体温が下がり血液が薄まることで冷えともなり、状態が悪化する人が少なくないからだ。水分の量はあくまでも、自分の体の状態に合わせた取り方が大事だと言う話である。

    この異常な暑さにも、危ない暑すぎる体と安全な涼しい体があるのだと言うことを忘れないで欲しい。熱中症の対策を、水分だけに頼らず、熱い体を作る食事を減らし、涼しい体を作ってくれる食材や料理を心がけることが大事だと言う話である。最も簡単なのは、「安全、安心な野菜をたっぷり食べ」涼しい体を作ることだ。ぜひ参考にしていただきたい。
  • カエルの話 (2018/08/05 投稿)

    つい最近まで、暑い夏の気温は30度を超えるもの。と言う感覚があった。しかし、今年に限って言えば、もはや30度は涼しい気温だという気がする。

    こうして現実に連日40度近い温度になってみると、今や35度だって早くそうなって欲しいと思うほどの気温だ。それほど危ない異常気象が、日本に限らず今世界各地で起こり始めている。

    こうした温暖化による気温上昇の警告は、もうだいぶ以前から言われていた。それは、数十年前から確実に始まっていて、今では、誰もが肌で感じている冬の大雪やその反対の雪の減少も、そんな表れの一つだろうとは思ってはいたが、この頃では、そんなことはもはや当り前のことになっていて、今年の猛暑こそが、その温暖化の危機をリアルに体で感じさせてくれるものだと実感する。

    しかし、多分、この猛暑もまた今後引き続き起こるとすれば、間違いなくこの異常な暑さや洪水などの自然災害も、また、いつしか当たり前のことになってしまう。これこそが実は、恐ろしいことなのである。

    この人間の環境への慣れの危険性を、かなり前から科学者は、「カエルの話」としてよく例え話でしていた。

    それは、カエルをいきなり鍋の中の熱湯に入れると、当然、カエルはその熱さにびっくりして鍋から飛び出すが、水から入れて時間をかけてゆっくりと温めて行くと、熱湯になった段階でも鍋の中にとどまっていて、本人も気づかない内に死んでしまう。と言うものである。

    これこそが、まさに我々が今抱えているいのちの現状だと言う気がする。地震も洪水も台風による大災害もここ数年は次々に起きているが、もう我々自身があまり驚かなくなってしまっている。この猛暑もまた来年起きたとしても、もうさほどこの暑さも多分、もう驚くこともなくなるだろう。

    人類消滅の危機とさえ言われる気候変動と自然災害の多発。個人も社会も、さしたる対策を講じられないままでいると、人間は、まさにこのカエル同様の結果を迎えるに違いない。

    そんな危ないことが山ほどある社会だが、こと地球の未来や人類の生死に関わる環境異変とそこから起こる数々の災害に関しては、いつでもしっかりと事態を判断し、冷静に見る目を養って、可能な限りの対策を講じる努力を怠らず、慣れてはいけないこと!なのだと思う。
  • 涼しい体で猛暑を乗り切ろう! (2018/07/29 投稿)

    いのちの危険を感じるほどの暑さが続いている。
    気温が気象観察史上初の41度を記録。熱中症による死者数が過去最多の1週間で65人となり、天気予報でもいよいよ気温が危険水域に入ったことを警告している。

    熱中症からどう身を守るか?その対処法がメディアで色々報道されているが、その多くは、十分に水分を飲む、塩分をとる、屋外での運動は極力避ける、睡眠時には冷房を欠かさない、と言ったもの。
    ただし、めまい、だるさ、吐き気を感じたら迷わず救急車を呼ぶ!ことだと注意を促す。
    さらに、この熱中症より恐ろしいのが「夏血栓」だと医師は警告する。それは、脱水症状で血液が濃縮し、血管内に血栓ができ、脳梗塞、心筋梗塞、肺塞栓症などの症状を引き起こすと言うもの。
    これは、一刻の猶予もならない深刻な事態だと言う。

    この異常な暑さをどう乗り越えるか?一般的な対処法とは少々異なる食の視点からのを提案してみたい。それは、日頃食べている食べ物の性質を知って、体を暑くするものを極力避け暑さに強いより体を涼しくするためのコンディション作りをどうすれば良いのか?というアイデアである。
    例えば、痩せ型で一見弱そうに見えるタイプが意外にも暑さに強いと言ったことがある一方で、肥満タイプでいかにも元気そうに見える人間が、案外、暑さにはとても弱かったりもする。

    これは、痩せ型の人は、和食のように比較的おとなしい野菜や穀物などを中心とした低カロリーの食事をとる傾向があるので日頃から体温もそう高くはなく熱がこもりにくい体を持っているからだ。
    反対に、肥満タイプの人は、カロリー過多の動物性食品が多い傾向があり、体がいつも熱い状態になっているので、血液も固まり安く、血栓もできやすい。猛暑の中では大いに注意が必要な体だ。動物性食品を減らし、美食、飽食も慎む。このタイプが体を涼しく保つためにはとても重要なポイントである。

    その良い例は、熱帯地方に住むインド人だ。
    彼らの多くは、日頃、野菜食(ベジタリアン)が中心の食事である。小麦を焼いたナンを主食に野菜のカレーを毎日のように食べている。この香辛料は、血液の流れを良くし体にこもった熱を体外に放出する効果があるので熱帯地方の気候風土にはとても適している。

    では、日本人はどうすれば良いか?その例を以下に列挙してみる。
    すでに食べている人も多いと思うが、冷たいそうめん等の麺類は、まさに夏の食べ物だ。
    ダシには、血液をサラサラにする効果のある椎茸、わかめ、大根等をたっぷりと入れて作る。そして普段以上に野菜をたっぷりと食べることだ。
    今がまさに旬のキュウリ、トマトなどのサラダに、ドレッシングには梅酢かレモンか酢を使う。梅酢は特に夏場の弱った胃腸にはとても有効で食中毒の予防にもなる。また、ナス焼きや冷奴も体を冷やす。生姜やネギやシソの葉などの薬味をたっぷりとかけて食べることだ。

    また、普段飲んでいる暖かいみそ汁を一旦冷蔵庫で冷やして飲むのもいい。
    適度な塩分が取れる上に体も暑くならずに済む。キュウリやトマトやナス、冬瓜やズッキーニなどに、生姜や香辛料少々多めに入れた冷たい野菜スープなども体を涼しくしてくれる。これを水代わりに飲んでもいいだろう。
    また、そうめんやうどんにキュウリやトマト、ネギをたっぷりと乗せたカレー麺も大いにおすすめできる。

    こうしたあっさり野菜の食事が続いていて体力の低下が心配になったら、世間で言われる油がこってり乗ったうなぎも悪くはないが、日頃野菜食でうなぎに抵抗感のある人は、野菜をたっぷり添えた白身の魚料理などもいいだろう。
    魚が欲しくなかったら、冷たい玄米のおかゆを梅干しやゴマ塩などで食べるといい。
    トロロ芋をかけた麦飯などもいい。その麦飯に納豆を乗せて食べるのもいい。小豆を入れたおかゆはとても元気が出るし、黒豆や小豆、枝豆などは、水分過多の今の時期には緩んだ腎臓を優しく守ってくれる。

    また、スパゲティやマカロニなどを野菜と一緒に食べるのは、油不足を補うためにもとても有効だ。ひじきやワカメの海藻類をしっかりと取ることもオススメする。ワカメと玉ねぎの炒め物は、おかゆやご飯との相性が抜群なのでぜひ一度試していただきたい。

    飲み物は、体を冷やしてくれる麦茶がいいし、酸味のあるオレンジジュースやレモン入りのハーブ系の冷めたいお茶もいいだろう。
    水分を大量にとなれければならない塩分補給には、梅干しが最適。お茶でも水でも、梅干しを放り込んで飲めば、塩分不足になることはない。
    さらに急いで体を冷やす場合には、バケツに冷たい水をたっぷりと入れて足を冷やすのも大いに効果がある。

    以上、あれやこれや参考例だが、猛暑の中でどういう食事を取るかは熱中症対策の有効なリスク回避となる。
    兎にも角にも、この猛暑を乗り切るのに命を他人任せにしていては絶対にだめだ。個々の判断と適切な行動が必要だ。是非一人一人の知恵と判断で、頑張って生き抜いてもらいたい。
  • 糖尿病患者が1000万人を超えた! (2018/07/11 投稿)

    あらゆる生活習慣病の温床と言われ恐れられている糖尿病の日本での患者数が2016年度に1000万人を超えたことが、厚生労働省の「国民健康、栄養調査」で分かった。これは、他の先進国でも同じような上昇傾向が見られ、世界保健機関(WHO)では、ガンやエイズの危機以上に危険な領域に入ったと世界各国に警告を発している。

    糖尿病が強く疑われる者の推計人数の年次推移

    そのせいもあってか、最近日本で流行しているのが「糖質制限」という食事法である。糖尿病や肥満予防のために米やパンや麺類等の炭水化物を極力食べないと言う健康法だが、代わりに、肉や魚などのタンパク質中心の副食類はどれだけ食べてもいいと言うものだ。

    これではまるで米や麺類などの炭水化物が病気の原因のようにも聞こえるが、コメを長年主食とし世界有数の長寿国を実現した日本であること、また、健康のために玄米食を薦める立場から言えば、これには大いなる異論を唱えたい。

    そもそも、糖尿病に限らず生活習慣病の大きな原因は、現代人の美食、飽食にある。その上、農薬や食品添加物などの化学物質の大量摂取。さらに、一般的な食事では、一日に約100g、数百種類と言われる大量の化学物質を年間4kg以上も体内に取り込んでいる。元来自然であるべき現代人の体が化学物質で一杯になり、複合汚染を起こしているのが最大の原因である。

    また、それ以外に糖尿病の直接的な原因と言えるのが、あらゆる加工品や飲料、嗜好品等に大量に使われている白砂糖である。これは最近、医学的にも解明されつつあるが、白砂糖の問題は、甘味の原料であるサトウキビ等を徹底的に精製、精白し、100パーセント近い純度にしていることだ。

    この高純度の糖分が食品の質や味を安定させ、防腐剤代わりにもなると言うことからパンを始めとしたあらゆる加工品や料理等にも大量に使われている。最近の惣菜や外食は元より、家庭内の味付けでさえ異常に甘くなっているのは、誰もが周知の事実である。

    白砂糖は、体内に取り込まれると一気に吸収されるために血糖値が短時間に上昇する。その急激な上がり具合を抑えるために膵臓からインスリンを分泌し血糖値を正常な状態に保とうとするのだが、この状態が慢性的に繰り返されるとやがて低血糖状態が起こり、脳への糖分が不足して様々な問題を引き起こす。甘いもの好きの年寄りが物忘れが激しくなり認知症になるのも、こうした類の現象である。

    また、案外気づいていないのが、自動販売機等で売られている清涼飲料水だ。例えば、コカコーラには500mlで14.1個分に相当する角砂糖が使われている。また、ファンタオレンジやカルピスには14.3個分。「カゴメの野菜一日これ一本には200mlで3.4個分。缶コーヒーのボスとろけるカフェオレには11.1個分等々、実は、飲み物にもこれほど驚くほどの白砂糖が入っているのだ。毎日何本もの清涼飲料水を飲んだら、知らない内に何十個もの角砂糖を食べたのと同じことになってしまう。

    以上のことからも分かる通り、糖尿病を始めとする現代習慣病を予防し、改善するためには、美食、飽食を控え、農薬や食品添加物を極力口にしないようにし、白砂糖を過剰に食べないことが必要なのだが、正常な脳の働きには良質の糖分が欠かせないと言うこともまた事実である。

    そこでお薦めするのが、玄米や麦、その他の精白していない穀物類を主食として食べることである。大根や人参などの野菜類もまた、できる限り皮のまま、一物全体食で食べることがより良い効果を生む。全粒穀物や野菜等のいわゆるホールフードは、普段捨ててしまっている表皮にその大きな効用があり、これらの皮ごと全体を食べる野菜や穀物は、胃腸に取り込まれる際にゆっくりと体内に吸収されるために、急激な血糖値の上昇を抑えることができる。そしてまた、人間にとって理想的な良質の糖分を脳へと供給することもできる。

    さらに良いのは、こうした食物を一口50回から100回くらい丁寧に咀嚼することだ。この咀嚼は、糖尿病に限らずあらゆる病気の予防や改善に効果がある。食べ物をしっかりと噛むだけで、血糖値の上昇を抑えることができる。糖尿病や生活習慣病が心配な人には、ぜひ試していただきたい食べ方である。
  • いわき「マクロビアン」これからの報告と協力のお願い (2018/06/13 投稿)

    2018/6/6

    <>3.11の東北大震災から7年が過ぎました。皆さんから「いのちのふるさと」と愛されていたマクロビアンは、以前より一回り大きくなった森の中でひっそりと次なる役割を待っています。

    マクロビアンの現状
     
    今回の原発事故では、ここマクロビアンも県内の他の地域同様、放射能による大きな被害を受けました。しかし現在では、3回にわたる除染作業と自然の力によって大幅に放射線量が下がり、室内では県外の数値とほぼ同程度にまで下がっており、私たちが長期に滞在できるまでになりました。度々整備や掃除に通い続けていましたので、室内は今すぐにも使えるくらいにきれいです。

    これまでずっと、このマクロビアンをどう復興に役立てるかを考えて来たのですが、今後は、次のような目標で少しずつ行動して行こうと考えています。

    その第一は、私たちは現在すでに住まいを京都の郊外に移しましたので、今後は、ここからいわきに時々通いながら、マクロビアンのこれまでの活動の内容を活かして、フクシマの原発事故によって健康被害を心配する人たちが宿泊しながら食で健康を改善するための体験と学びができる場に復興させたいと計画しています。

    また、フクシマの復興活動に関心を抱く海外の人たちにも来てもらい、原発事故の実態と復興の様子を、ここを拠点にしてもらい県内各地や人物を訪ねることが出来る様にする。また、原発事故について書かれた本や資料を収集して、この事故で消滅寸前になったこの村の歴史やマクロビアンの記録も展示、さらには、縁のある個人や団体にも、復興に関する様々な集いを企画、開催してもらえたらと願っています。

    それには、まずここを以前の様に使える場にしなければなりません。出来れば施設全体を一歩でも二歩でも未来社会に向かって前進した姿に変えたいと願っています。そのため、電気や暖房、調理等はソーラーや木材などの自然エネルギーで賄えるようにし、自然農法の畑を作り、滞在するスタッフやゲストの自給栽培ができたらと計画しています。

    こうした姿をマクロビアンで実現して、震災後に描き続けたフクシマ復興の未来思考の一つとして、広く社会に提案できたらと考えています。

    しかし、以上の計画を実行して行くためには私たちだけの力では到底無理ですので、今後、広く知人、友人、これまでセミナーに参加してくださった人たちにも呼びかけて、また、今後この計画に関心を持っていただける人たちにも声をかけさせてもらい、多くの人たちに応援してもらいながら、この夢を実現していけたらと願っています。

    そのためにも、まず母屋、セミナーハウス、書斎の屋根や外壁などの修繕をして使っていなかった井戸や浄化槽、トイレや台所も使えるようにしたいと思います。さらには、宿泊に必要な寝具や家具、食器棚や食器類、冷蔵庫に洗濯機、食卓などの設備も揃えなくてはなりません。

    ただ、これらを整備するためにもとにかく、資金をはじめとした全ての力が不足しています。皆さんの作業への参加や物品の援助や寄付も大歓迎ですので、ぜひ、よろしくお願いします。

    その第一歩として、今月の下旬(6月27日頃からを予定)に宙八とちあきで草刈り他の整備作業のためにマクロビアンに一週間ほど滞在します。ヘルプをしてくれる方がおられたら、手弁当(交通費、食事、寝袋等各自負担)でぜひ参加して下さい。どんなヘルプでも結構です。ご連絡( otayori@macrobian.net )をお待ちしています。

    橋本宙八、ちあき
  • あなたは何処から来て?何処へ行ったのか? (2018/04/06 投稿)

    人生で大切な人が、また一人逝ってしまった

    ほんの少し前まで、イキイキと話し、行動し、
    誰よりも見事に、人間らしい生き方を貫いた人
    大切なことを山ほど教えてくれた人、

    共に泣いたり、笑ったりもしてくれた人
    多くの人を、人生のたしかな道へと導いてくれた人
    この世で最も尊敬し、そして慕っていた人

    その人が今、
    こうして目の前で、ピクリとも動かない、
    動いてもくれない、
    口を開けることも、話してくれることもない

    彼の姿を懸命に探して見るが
    何処にもそれを、見つけることができない
    その片鱗の、微塵さえも…
    戸惑い、サマヨウ私の心

    人間とは何か?
    あの躍動した命は、一体、何処へ行ってしまったのか?
    そもそもあの彼は、何処から来た人だったのだろう?

    彼を動かし、生かし、
    そして、多くの人を感動させた
    あの素晴らしい、溢れるほどのエネルギーは?命は?
    一体?何処から?

    人は、それを魂と言うのか?
    心の世界と言うのか?

    魂とは何だ?
    心の世界とは、一体何だ?

    私にはまだ分からないが
    間違いなくそれが、そんな世界があることを
    彼が今、こうして教えてくれている

    それは、
    灰になり、
    姿が、その存在が、
    すべて消えてしまったからなのか?

    見えなかった何かが、
    彼の何かが、
    こうしておぼろげながら、見えるような気がするのは?

    人間とは何か?
    人間とは一体、何処から来て?何処へ行くものなのだろう?
    何をしにこの世に生まれ、
    そして去るものなのだろう?

    人生とは何か?生命とは何か?
    彼が今、そんな不思議な世界を、
    教えてくれている

    友であり、同志であり、
    兄であり、師でもあった人からの
    最後のメッセージ・・・
    贈り物・・・


  • 食の改善なくして教育の成長なし (2018/03/22 投稿)

    フクシマの問題を考える集まりがあって関西の某有名大学に行った。
    駅の改札の目の前が大学の門になっていて、周辺には学生たち向けの飲食店がずらりと並んでいる。大学があっての街並みの風景だ。

    真っ先に目についたのがラーメン屋。
    最近ラーメンが若者に人気があることは知ってはいたが、これほどズラリと並んでいたのには正直びっくりした。

    同じ料理を出す店がこれだけあってもそれなりにどの店も成り立っているのだから、それだけ学生たちがラーメンを頻繁に食べているということだろう。

    さらにファーストフード店にコンビニに不動産。
    これが大学の風景ですと言わんばかりのまるでテレビか映画のセットのようにも見えるが、多分これはどの大学でも似たり寄ったりの風景なのだろう。
    しかし、何て色気のない街並みだろう。
    これが最高学府を取り巻く環境かと思うと、情けなさを通り越してがっかりした。単に歳のせいだろうか。

    しかし、これはいつもそう感じていることだが、どんなに優秀な生徒が集まり、どんなに素晴らしい教授が居て、素晴らしいキャンパスがあったとしても、それを学ぶ側の命がラーメンにジャンクフードとコンビニ食では、彼らの将来はもちろんのこと、日本の未来も容易に想像がつく。

    「この状況どうにかしなきゃダメだろう!」といつもそう思うのである。
    命は、食以外のものでは造られていない。毎日の食が命に取り込まれ、胃腸で消化吸収され、血液となり細胞となって、そこから生まれる感性が、生きるための感性である知恵や判断や決断力の五感(味覚、嗅覚、視覚、聴覚、触覚)を生み出し、日々養っている。
    ただそれだけのじつにシンプルな命の仕組みだ。

    つまり、質の良い教育の効果を上げるには、それを受け止める側の命の感性を上げるしかなく、その感性を上げるためには、食事の質を高めるしか無い。

    こんな当たり前のことが考えられていないのが日本の教育現場の現状だ。
    マクドナルドが出店するのに周辺の住民が猛反対し出店を諦めさせることなど海外では当たり前の時代なのにである。

    もちろんこれは、大学生よりはるかに成長の早い保育園や幼稚園、小学校や中学校では言うまでも無いことだ。
    粗末な食事で子どもの将来や日本の未来が豊かになるはずが無い。
    政治や経済もより良い社会の仕組みを造るためには大事なことだが、何よりも優先し一日も早く改善しなければならないのがこの教育現場の食環境だ。

    今更ながらに思い知らされる日本の大きな課題である。
  • 花粉症の原因と簡単な手当法 (2018/03/19 投稿)

    花粉症の季節真っ只中である。この病気を抱えている人たちにとっては、とても憂鬱な季節である。花粉がどのくらい飛んで来るかが天気予報で放送されるのだから、それだけ多くの人が花粉症で苦しんでいると言うことでもある。
    じつは、花粉症は、杉林のそばに住んでいてもかからない人はかからないのだから、必ずしも杉の花粉だけが原因であるとは言えない。空気や水の汚染、排気ガスや生活環境の悪化なども大いに考えられる。
    さらに、最も直接的な原因である食物の視点から言えば、そもそも花粉症は、アレルギー体質であることが一番の問題となる。従って、その原因が花粉以外のどこから来ているものかが分かれば、治し方もそう難しいものではない。
    体質は日々の食べ物から作られる。従って、アレルギー源となる食べ物を突き止めてそれを食い改めることが出来れば、症状も体質も自然と改善する。
    そのアレルギーの一番の原因と考えられるのが、あらゆる食物に使われている大量の化学物質である。野菜や米、果物の栽培等に使われる農薬や化学肥料から始まり、家畜の飼料などにも抗生物質やホルモン剤などが使われていて、肉や乳製品を介して日々大量の薬物が体内に取り込まれているのだ。
    この悪しき食環境にさらに拍車をかけているのが、美食、飽食、ジャンクフードやファーストフードなどの現代人の食習慣である。この食の実態を知ると、もはや、現代人がアレルギーにならない方がむしろおかしいとさえ言える。
    花粉症を根本から改善するには何よりまずこうした化学物質を可能な限り体に取り込まないことなのだが、この簡単な食の改善も、じつは、好き嫌いが絡むことなので結構難しいことでもある。とりあえずここでは、その深い原因は追求せず、花粉症を治すためにはどうすれば良いか?具体的なアドバイスを書くにとどめて置く。
    花粉症というのは、その症状が眼のかゆみやくしゃみであることからも分かる通り、鼻や眼の奥にある鼻腔内のアレルギーの状態が一番問題であるのだから、これを直接刺激する食べ物をまず気をつけることが肝要である。
    その原因となる食べ物は、多くの人が好む揚げ物、脂肪の多い肉や魚、乳製品、甘い菓子類、果物、アルコール、甘いジュース類等だ。これらがいくつか重なってしまうと、確実に花粉症の症状を悪化させてしまう。それを避けるためには、これらの食や飲み物を極力減らすか止める必要がある。それが実行できれば、驚くほど簡単に症状が改善されることを実感するはずである。
    そして、その避けるべき食べ物や飲み物の代わりに、無農薬、無化学肥料などの自然野菜や穀物、つまり、良質の穀物や野菜を良く噛んで食べることである。また、飲み物を取るなら番茶をおすすめする。その番茶に時々梅干しと生姜一つまみ入れて飲むと、さらに症状が改善される大きな効果を感じるはずだ。
    さらに、次のような手当法をやってみることである。用意するのは、生姜一かけら、少々大きめの鍋にたっぷりのお湯、タオルとバスタオルそれぞれ一枚。
    やり方はいたって簡単。少し大きめの鍋にたっぷりとお湯を沸かし、一度沸騰させたお湯を80度ほどの温度に下げてその温度を保ったまま、そこに一かけら5センチほどの生姜のすりおろし汁だけを入れる。
    そのお湯に、二つか四つに長く折ったタオルかバスタオルをつけて良く絞り、それを鼻や眼の上に乗せて冷めないようにバスタオルで覆う。これを何度か繰り返すだけで花粉症の辛い症状はかなり改善できる。至極安上がりで簡単な治療法もなので、花粉症で苦しんでいる皆さんにはぜひオススメする。
    この花粉症を根本から解決するのに最も早く、そして、効力のある方法は半断食だ。これまで体内に溜まっているアレル源をオートファージ効果によって分解、排出してしまえば、たちどころに、そして根本的に花粉症は治る。
    あまりにもあっさりと解消するので驚く人さえ居るほどだ。体質は、一度根本から改善してしまえば、もうそう簡単に花粉症が戻ることはない。長年この辛さから解放されない人には、ぜひ来てもらいたいと思う。
    マクロビアン 橋本宙八
  • 田舎暮らしで思うこと (2018/01/19 投稿)

    ここの暮しは、山奥でもなければ大都市の郊外でもない。京都の市内まで車で小一時間ほどのところだから、そうそう度が過ぎた田舎と言う訳でもない。最寄りの駅までは車で15分ほどだから、まあ、不便と言えば不便だが、町の喧噪から離れていられるということでは、ほどほどの里山暮しである。
    以前から、古民家に住むことなどほとんど関心も興味もなかったが、これもまた御縁で、120年程歴史のある茅葺きの家に住む事になった。真っ黒に煤焼けしている梁やケタがもろに見える典型的な茅葺きの家である。
    この家に移って間もなく1年が経とうとしているが、改修工事で思いのほか時間も手間も費用もかかり、二年がかりの工事の結果ようやく去年の3月に住めるようになった家である。
    かつてのいわきの家は、母屋を始めセミナーハウスも書斎も、どこもかしこも木をふんだんに使った家だったが、ここは、木造に土壁の家。当初は、さてどんなモノかと思ったが、思いのほか住み心地が良く、夏は涼しく冬暖かい。この頃はつくづく伝統の家の逞しさ素晴らしさを実感している。この家の工事に関ってくれた建築家、大工さん、庭師の有り難い友人たちに、心から感謝の日々である。
    この家に住む時に、可能なかぎり生活に必要なエネルギーは、自然エネルギーで賄える家にしたいと思っていた。水は、いわき同様に井戸水。風呂や暖房は薪で炊くボイラーとストーブ。出来れば調理もバイオガスでやりたいと思っていたが、残念ながらこれはまだ実現できていない。電気も出来ればオフグリッド(独立電源)と思ったが、予算の都合でこれもまだ適わず少々先のことになりそうである。住み心地の悪さを心配していた古民家だったが、今は、とても気持ちのいい暮し安さを提供してくれている。
    こんな山暮しで長年骨身に沁みていることは、田舎暮らしは結構努力も体力も気力も要ると言うことだ。ここの環境は、東北に比べてはるかに植物の成長が早いと感じる。そのために、草刈りは結構度々必要で、薪集めもまた結構な労働の一つである。
    自分では、この草刈りも薪集めも田舎暮らしの必要条件だと考えているが、しかし、以前は、やればやるほど身体が燃えて楽しかった作業だが、残念ながら寄る歳波には勝てず、この頃は、体力の限界と向き合いながらの作業となってしまっている。
    ちあきには、「そろそろ誰かに頼んでやってもらったら」と言われるが、草刈りと薪集めが出来なくなったら田舎暮らしは終わり。と勝手にそう決めているので、こればかりは他人にゆずる訳に行かない。当分は、楽しみながら意地でもこの作業に正面から向き合って行くつもりである。
    いわきでもそうだったが、草刈りがしっかりやれて、冬に薪がたっぷりとあれば、何よりも豊かな気分になるものだ。今年は縁合ってたっぷりいい薪を集めることが出来た。何があっても大丈夫と思える余裕の冬である。また春には草がすくすくと育ち始める。今年もまた体力、気力を計り乍らやる田舎暮らしを淡々と楽しみたいと思っている。
  • いのちの自然農法 (2018/01/04 投稿)

    私が食の世界に関心を持ったのは、42年前に福岡正信先生の「自然農法」に出会ったことがきっかけだった。

    耕さない、肥料も施さない、可能な限り人為を施さず、自然のあるがままに作物を育てる。そんな農法で育てられた見事な稲を見て、これこそが本来の農法の姿だと気がつかせてもらった。

    この自然農法は今、発展途上国の持続可能な農法として、あるいは、砂漠の緑化などの自然環境を守るための画期的、革新的な手法として、広く世界に注目されるようになった。

    そんな健康法が人間のいのちの世界にもきっとあるはずだと探し続けた結果、食の世界に出会い、以来、44年間この健康法を探究実践し、創り上げたのが「半断食による心身改善法」である。

    半断食は、自然農法同様に、可能な限り人知や人為を捨て、食物が持つ自然の力によって免疫力や自然治癒力を高めて、偏った状態や体質を改善し、健康な体と心を取り戻す方法である。私はこれを農法に例えて「いのちの自然農法」でもあると思っている。

    半断食セミナーでは、正しい食物を正しく選択し、正しく食べることによって、ごく短期間でも健康が取り戻せることを体験、実感してもらうことを目的としている。

    この至ってシンプルな方法で、どんな状態や体質の人でも、また、どんな地域や国に住む人でも、身体を変え、心も改善できることを、多くの参加者の体験から学ばせてもらった。

    病人が激増し、医療費の高騰によって国の危機さえもが叫ばれる中で、一人でも多くの人が自ら病気を予防し健康を管理できるようになることは、これからの社会にとっても、また個人にとっても必要不可欠なことである。

    自然農法同様、半断食を体験することによって、一人でも多くの人が病気の悩み、苦しみから解放され、食の大切さに目覚めてくれることを心から願っている。

    2018/1/4 橋本宙八
  • 自分の身に起こった不思議な話 (2017/12/31 投稿)

    世の中には、自分のことであれ世間一般のことであれ、理屈では分からないことが一杯ある。その一つが、私が70歳になった今の今まで、なぜ食の世界に関心を抱き、長い人生でそれに関って来たのだろうか?という自分でも分からない不思議である。
    こ不思議は、私が14歳の時に死んだ父親を語った母の話から始まる。小学校の一年生になるまで私達家族は故郷の新潟に住んでいた。父親の仕事の都合で北海道の函館に移り住み、中学の二年生の時に父親は、出張先の釧路で仕事中に雲膜下出血で倒れてそのまま亡くなった。
    父の死後、どこの誰に聞いたのかは分からないが、母が、青函連絡船で津軽海峡を渡り青森県の恐山に行き、死んだ人と対話が出来ると言うイタコという降霊者に会いに行ったことを聞いた。
    この場所はずっと気になっていたので、大人になってからその恐山を訪ねて見たが、そこは、知る人ぞ知る東北の名所で、山奥の温泉の湯元の地獄谷一帯のことを言い、いかにもあの世をイメージさせる荒涼たる雰囲気を醸し出しているその名にふさわしい場所であった。
    イタコの多くは、かつては目の不自由な障害を持った年配の女性たちであったとも聞くが、いつの頃からか、そうした人たちが生きて行くための生業としてこの恐山に集まるようになり、死者の口寄せをして残された人たちを慰めるそんな信仰の場として続いて来たのだろうと思われる。
    いずれにしても当時は、その恐山がそんな所だとはまったく知らなかったが、その恐山から戻った母親が私を前に座らせて語ったことが、「父さんは、お前は将来、食べ物に関係する人間になると言っていた
    と話してくれた。
    しかし、表具師だった父親の跡を継ぐという話なら分かるが、考えたこともなかった食の仕事につくと言う話に、少年だった私は、たまたま母の兄である叔父が東京で飴屋をやっていたので、そこの工場にでも勤めるのかも知れないと、ぼんやりとそんなことを思っていたものである。
    しかし、その後、私が26歳になった時に、まさしくそんな食の最も深いところにまで踏み込んで食物による健康法を提案するマクロビオティックの仕事に付くとは、じつに不思議なことだと今でもそう思っている。
    そんな母親の言葉はただの偶然の一致なのか、あるいは、たしかにそんな未来が分かる世界があるのかは未だに良く分からないが、少なくとも私の人生に於いては見事に的中したそのイタコの予言の不思議さに、改めて世の中には理屈だけで語れないことがあるのだと言うことを実感する。そんな母は3年前に数え年100歳で亡くなった。生前の母を思い出す数少ない物語の一つである。
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